今までの講義は現代国際社会では、歴史の周期で大国として台頭しつつある中国が日本、ドイツ、イタリアを膨張国家に招いた民主化の過程をたどりつつあり、イスラム国家が西洋社会に三十年戦争という大惨事を引き起こした世俗化の過程をたどりつつあり、先進国である民主国家は古代ギリシャを破滅させた衆愚政治の過程をたどりつつあるという三つの危機が同時進行していることを示していました。そしてこのような歴史の周期から来る危機は実は現実主義と理想主義が同時に存在していることから来ることも観察されました。それでは現実主義と理想主義を統合し、このような周期をコントロールして国際社会が武力闘争の悲劇から解放される術はあるのでしょうか? それを模索する分野が形而上工学なのです。ここでその分野について見てみましょう。

(1)物理工学の分野検証

形而上工学の分野を理解するために、まず一般の物理工学の分野を考察してみましょう。この分野は機械工学、電気工学、化学工学という3つの大きな主要副部門からなるピラミッドによって構成されています。またそのピラミッドは下から順に、理論、工学、製造・整備と操作という4層からなっています。それはこのように表すことができます。クリックしてみてください。

物理工学のピラミッド

飛行機や建築物、橋、自動車など私たちが日ごろ見るエンジニアリングはこれらの部分が統合されることによって成り立ちます。ここでその例として飛行機の設計と製造を見てみましょう。現代的飛行機を設計して製造するためにはまず、すべての副部門が完全に統合されなければなりません。飛行機を設計・製造するために、まず必要なのは、飛行です。飛行機は空中に上がらなければなりません。そのために翼やエンジンの設計が必要になりますが、これは機械工学の分野で、軽い素材の開発は化学工学の分野になります。次に必要なのは安定性と制御です。一旦空中に上がると、飛行機は安定して空中に留まらなければなりません。この為には尾翼やコントロール・ケーブルの設計が必要ですが、これは機械工学、素材に関しては化学工学の分野になります。また近年ではコンピューターを使った制御装置が導入され、これは電気工学の分野になります。第3は航行と通信で、パイロットは現在どこにいるかを知って、目的地まで航行しなければなりません。地上員との通信も必要です。これにはレーダーや通信機器など電気工学の部門が関わります。最後に商用飛行機は乗客にとって乗り心地がよいものでなければなりません。客室の気圧調節には機械工学、空調や照明、さらに娯楽には電気工学が必要です。

さらに 現代の飛行機を設計して製造するためには、理論、設計、製造・整備と操作という4層すべてが完全に統合されなければなりません。1層だけで飛行機を製造し飛行することは不可能です。まず、航空力学の理論的基盤はベルヌーリの法則と連続の法則からなっています。ダニエル・ベルヌーリは18世紀のスイスの数学家ですが、彼は水流に興味があったのですが、飛行機というものはまったく知らなかったそうです。ということは、もし理論と設計層の間で対話がなければ、ベルヌーリの法則は理論層にとどまり、飛行に応用されることは無かったということになります。この理論を現実化したのは英国のジョージ・ケイリー(1773~1857年)です。彼は組織的に実験を行い、数式を用いて鳥を観察することによって揚力と抗力の問題を扱い、これが現代の工学への道を開くのです。そして20世紀に入って、ボーイングやダグラスといった航空機製造会社が同じ揚力と抗力の法則を使って何千人というエンジニアを使ってより大きくて速い航空機を製造することになるのです。ここで理論は独立して発明され、後に元々は意図しなかった目的で応用されることもありますが、時にはまたエンジニアが問題にぶつかり、解決法を見つけるために理論を探求することもあるます。後にジェットエンジンの発明によって、飛行機が音速に近い速度で飛ぶことが可能になると、音の障壁にぶつかることになります。米国ではこの問題を解決すべく1940年代に研究が始まります。理論家たちは数学的にこの問題を分析し、三角翼がほとんど抗力を生まないようだと発見したのです。一旦設計が完了すると、製造が始まります。ここでも連絡は一方的ではありません。製造が始まると、時には部品がかみ合わないことを発見したりして、再設計のためにエンジニアに送り返されるのです。そして遂に一旦原型が制作されると、テスト飛行士がすべてが作動するかどうか確認するため飛行を行ないます。問題があればエンジニアに報告され、再設計が行われます。

(2)形而上工学の分野検証

形而上工学はまずこの見本に従って構成されます。一般の工学は飛行機や建物など物理的なものを人がより安全に快適に使えるようにするための学問ですが、形而上工学は物理的ではない社会組織や体制などの構造をどのようにしたら、その中で人がより安全に快適に暮らせるかということを追求する学問で、その根本的目的は同じで、違いはその扱うものが建物や乗り物といった物理的であるか、組織や体制といった目に見えない抽象的なものであるかという点にあります。従って、共通点があるので、学べるところも多いはずです。ですから分野の設立に当たって、まず一般工学の部門を参考にするところからはじめたいと思います。

一般工学の分野と同じように形而上工学も垂直に理論、工学、製造・整備、操作の4つの層からなります。また水平には知性と感情という二部門が存在します。これを図に表すとこのようになります。 クリックしてみてください。

形而上工学のピラミッド

(1) 理論: 西洋文明では、知性に関する理論は伝統的に哲学の分野で、そして感情あるいは精神に関する理論は宗教の分野で取り扱われてきました。

(2) 設計: このレベルでは、知性と感情の統合理論を使って、ビコーの周期を制御するための実際の形而上システムが設計されることになります。今のところそのような試みは行なわれていませんが、芸術が知性と感情の問題に積極的に取り組んできたので、このレベルでは芸術を検証し学べるものを学んで政治体制形成に当たって知性と感情をどのように統合するか検討することになるでしょう。

(3) 製造・整備: このレベルでは、一般的法則が個々の歴史的また地政的状況に合うように調整されます。今のところ、政策研究所や政府機関がこの役割を行なっています。

(4) 操作: このレベルで個々の政治状況に見合う個々の政策が立てられます。今のところ政府の立法部と行政府がこの役割を背負っています。  

最後にこれらが円滑に作動する為には一般工学の分野と同じようにこれらの垂直、水平部門の間で緊密な連絡とフィードバックが行なわれる必要があるのです。その為には、現在完全に分立してしまっている各学問分野の統合が必要になります。哲学者は神学者と協力し、人の感情と知性に関する理論を確立しなければなりません、それによって現在分散している社会学、人類学、政治学、経済学などの分野の協力によって現実的な設計に使用され、政治家たちに受け継がれて個々の状況に応じて適用されなければなりません。また歴史家は一般工学に於ける実験を記録するように、これらの史実をできるだけ偏見なしに記録して、政治学等の分野で、思ったような結果が得られなかった場合、史実を検討し、どこで過ちがあったかを検証し、さらに個々の歴史の間に正確な一般法則を引き出せるような共通点が無いかが探求され、哲学の分野でその一般法則が探求され、さらに哲学・宗教の層でその一般法則がなぜ起こるのかが探求されるという協力体制を作り上げていくことが大切になります。そして、一旦一般法則が究明されれば、それは政治学等の層で、現実の政治体制として実現され、政策として実行されるという循環が繰り返されるのです。

(3)形而上工学の実践

問題が起こっても、それに適当な層が対処することが大切です。同じことが形而上部門にも当てはまります。これを飛行機事故と第二次世界大戦の原因という2つの例をとって比較して見ましょう。すると、この図のようになります。

飛行機事故が起こった場合、原因を調査してみるとそれはパイロットの操作ミスであったとしましょう。それは操作の層で解決すべき問題です。パイロットの訓練などの解決法があるでしょう。でも、調べてみると実は機体に金属疲労があったことがわかったとしましょう。これは整備の不備ですから第2層の問題となります。もしこの層に問題があったとすると、たとえパイロットがミスをしなくても、いずれ事故は起こったことでしょう。さらに、実はこの機種には機体の一部に過度の負担がかかり金属疲労を起こしやすいという設計上の欠陥があったとすると、整備の不備だけでは済まない問題となり、再設計の必要が出てきます。加えて、飛行に必要は揚力対抗力率が元来適切でなかったとすると、機体がいくら健全でも事故は必ず起こることになってしまいます。ここで、理論の層の問題は、航空機全体に当てはまり、設計上の問題は特定の機種に当てはまり、整備上の問題は特定の機体に当てはまり、操作上の問題は特定の飛行に当てはまることになります。そしてそれぞれに果すべき役割があります。理論の問題は航空機全体の問題として広く当てはまりますが、その反面、悪天候での飛行など特定の飛行に関してはまったく役に立ちません。このレベルでは操作の層が大いに関係してきます。日常の運行に関しては操作と整備の層が大きな役割を果しますが、その間長期的にはより安全な飛行のため下部層の役割が大きくなります。

第二次世界大戦の原因も、政治の層ではヒトラーへの宥和政策のせいで起こったという判断、政治学の層では、新興国であった日独伊が国際政治の勢力均衡を崩したためという判断、哲学のレベルではヴィーコの歴史の周期のためであり、一番深い層では人類が理想主義と現実主義の統合を果していないからという判断になるでしょう。表層部であるヒトラーへの宥和政策は大戦直前の極めて限られた場合にしか適用されませんが、勢力均衡論は戦争前の何十年も前まで適用されます。ヴィーコの周期まで降りると、その適用される範囲は格段に広まりますが、その反面個々の問題への適用性は極めて限られるでしょう。政治レベルの解決法は根本的な解決法は呈示できませんが、理想主義と現実主義の統合には何百年、何千年という歳月がかかるでしょうし、それが応用されてヴィーコの周期レベルでの解決法を待っていたのでは、目前の戦争は避けられません。このように、形而上工学においても、下部層でより安全で安定した社会を開発する努力が日夜進められる反面、私たちの日常を支える表層部での努力が必要となるでしょう。

実践にあたって、共通点もある反面、物理工学と形而上工学の間には違いもあるはずです。それを見極めて調整を加える必要も出てきます。まず、上記の例で顕著に示されているのは規模の問題です。形而上工学のプロジェクトは一般工学のプロジェクトより規模がずっと大きいのです。例えば、所要時間を見たとき、一般工学の分野では計画、調査、開発、テストから製作過程まで通常数年かかりますが、形而上工学では、プロジェクトの完成に何世代、何世紀もかかるのです。最近では共産主義による実験が失敗に終わりましたが、このテストの結果が出るには75年ほどかかりました。つまり形而上工学においてプロジェクトを完成させようとするのは、人間の寿命が数ヶ月しかないのに一般工学のプロジェクトを完成させようとしているようなものだともいえるでしょう。このような状況で物理工学のプロジェクトを完成させるのはどれほど難しいことでしょうか?ここで重大な調整が必要になります。この規模の大きさのせいで、形而上工学は理想主義者の世界でしか実行できないのです。一個人のできる貢献はそれだけで意味のある物に集積するにはあまりにも小さすぎるので、自己の栄光を求めていたのでは満足のいく結果は絶対に得られないのです。

(4) 最終統合

一旦形而上工学の分野が設立されると、次に必要になってくるのは一般物理工学と形而上工学の統合です。一般工学を実行するためには、何を目的とするがまず決定されなければなりません。例えば量子物理学を使って壊滅的な兵器を製造するのか、グローバルな通信システムを開発するのか決定されなければなりませんが、これは形而上工学の知性と感情のレベルで扱われる問題となりますので、一般工学の分野は形而上工学の分野に以下のように統合されることになるでしょう。 クリックしてみてください。

物理-形而上工学のピラミッド

最後に、工学全体の分野は社会から孤立してはいけません。この統合分野は第5講で述べた社会の理想主義者と現実主義者のピラミッドに統合されることになります。クリックしてみてください。このピラミッドは社会のピラミッドの無条件理想主義者の層に当てはめられることになります。このピラミッドが確固として完成された時、社会は理想主義と現実主義の波からくる歴史の周期を克服し、悲惨な武力闘争のない、安定した社会で暮らせるようになることでしょう。

理想主義社会のピラミッド

従って、ここでの結論はヴィーコの歴史の周期は存在するが、それは形而上工学によってコントロールし、人類が安定した理想の社会を築くことは可能だということになります。これは本当でしょうか、それともどこかに問題があるのでしょうか?もし可能だとすると、今私たちはどこから何を始めたらよいのでしょうか?そういうことを皆で話し合ってみたいと思います。是非「みんなで考えよう」のセクションに参加して下さい。